2011年11月29日火曜日

『宣伝会議』2011年9月1日号のMROC記事

《第74回》

●宣伝会議に寄稿したMROC記事のもとの原稿です。

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欧米におけるリスニングリサーチ動向


岸川茂 (株)MROCジャパン代表

ソーシャルリスニングの誕生

 マーケティングリサーチ(MR)の分野では、数十年に一度の「変革」が現在進行中である。それを象徴する言葉として、欧米のリサーチャーの間で、次世代(Next Gen)MRとか、ニュー(New)MR、MR2.0といった用語が頻繁に使われている。また欧米のMR関連の会議のテーマでも、例えば、ESOMARの昨年の年次会議のタイトルがODYSSEY 2010 THE CHANGING FACE OF MARKET RESEARCH、今年(9月開催)がCONGRESS 2011 IMPACT - RESEARCH RELOADED、アメリカ・マーケティング協会(AMA)のリサーチ会議(9月開催)AMA Research and Strategy Summit 2011:Driving Research TransformationといったMRの革新が取り上げられている。このMRの変革と、現在世界で普及拡大するソーシャルメディア(SM)の間には大きな関連がある。本稿では、SMの影響によって現在MRにどのような変化が進行しているかについて、欧米のMR動向を紹介する。


 MRは、マーケティング活動のために意思決定を有効にするための消費者理解とリスク低減を行う。一方、SMは、ブランドや商品、企業などについて消費者が会話を行ったり、情報を共有することを可能するオンラインのテクノロジーである。この両者が出会うことによって、消費者理解のための「リスニングリサーチ」という新しい方法が誕生した。次世代MRの中で最も注目されている分野である。


 今年出版され、欧米ではソーシャルリスニングの必読書と評価されているListen First! Turning Social Media Conversations into Business Advantageの著者で、USの権威ある調査研究機関であるARF(Advertising Research Foundation)のKnowledge Solutions Directorであるラパポート氏(Stephen D. Rappaport)は、リスニングリサーチのソリューション(解決手段)として、次の5つを挙げている。すなわち、1)検索エンジン、2)メディアモニタリング、3)テキスト分析、4)プライベイトコミュニティ(エムロックMROCs:Market Research Online Communities)、5)リスニングのプラットフォーム提供ベンダー及びフルサービス提供ベンダー。リスニングの目的に応じて、この中から1つのソリューションを使ったり、或いは複数のソリューションを組み合わせるとしている。 ちなみにARFの「リスニング」の定義は、「自然に起こる会話や行動、シグナルを研究すること」である。それは意図的である場合とそうでない場合があり、それによって人々の生活の声がブランドに届けられる。

ソーシャルリスニングとMROC

  2004年に命名されたブログに代表されるWEB2.0(ソーシャルWEB)によるCGM(消費者生成メディア)或いはUGC(ユーザー生成コンテンツ)といった消費者が作り出すオンライン上の情報の爆発と、FacebookなどのSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)の普及拡大などのソーシャルの動向は、「ソーシャル・コンシューマー」を生みだした。


 このような動きに対して、欧米ではSM上の消費者の声を分析する「ソーシャルメディアモニタリング」(SMM)のためのプラットフォームが多くのITベンチャーにより開発され、そのフルサービス提供の企業も数多く出現した。前者では、NetbaseやRadian6が、後者ではConverseonやCymponyなどの企業が有名である。


 さらに、SM上の会話を単にモニタリングするだけでなく、SMのデータにMRの方法論を適用することによって、SMからビジネス上の意思決定に有効な妥当性と信頼性のある情報、いわゆるソーシャルインテリジェンスを収集しようする「ソーシャル(メディア)リサーチ」(SMR)が生れた。「サーベイ(Asking)のないMR」とも呼ばれる。代表的企業として、Research NowやPeanut Labsの親会社であるイギリスの情報企業e-Rewardsに今年の5月に買収されたカナダのConversition Strategiesがある。この買収はSMが消費者インサイトの有力な情報源であり、リスニングの重要性を改めて強調した出来事であった。


 ソーシャルリスニングに対して、クライアントの調査課題を解決するための質問を直接聞けなかったり、課題解決のための会話がSM上で見つからないという批判がある。SM上では消費者の会話をコントロールすることができない。また会話が行われた場合でも、その内容の多くが背後にある深い理由などを含まない「表面的」なものであるという非難もある。さらには、SM上で会話されないブランドや商品の場合は活用することができないといった問題も生じる。


 このソーシャルリスニングの弱点を補うのが、オンライン上で共通の関心を持った人々の集団がSMツールを使って相互作用を行うMROCである。2008年にフォーレスターリサーチのボートナー氏(Brad Bortner)が、Will Web 2.0 Transform Market Research?の中で、この新しいリサーチ手法をMROCと名付け、これまでの定性調査では発見できなかった消費者インサイト創出の可能性を示唆した。MROCは、通常のオンライン上のコミュニティをリサーチ目的に特化し、事前に招待された参加者で構成されたクローズでプライベートなコミュニティである。特定のブランドの情報源となるものである。そこでは、課題解決のために、グルインのような議論や、エスノ、デプス、ダイアリーなどの手法を駆使して、自然な会話のリスニングだけでなく、課題を掘り下げるアスキングも可能である。


 MROCを代表する企業は、今年の2月に、世界最大の広告会社オムニコム・グループに買収されたUSのコミュニスペースである。世界の有力企業に参加者数300-500人規模のオンラインリサーチコミュニティ(インサイトコミュニティ)を1年間以上継続して運営するビジネスモデルを展開している。成功事例数や、売上金額、運営コミュニティ数、社員数からいってもMROC#1企業である。

相互補完関係のソーシャルリスニングとMROC,既存の伝統的調査方法

 完璧な調査手法というものは存在しない。それぞれ長所と短所を持っている。調査課題(目的)に応じて、調査予算とタイミングを考慮して、最適なものを1つ選択するか、複数の手法を組み合わせてそれぞれの弱点を補う必要がある。前述のようにソーシャルリスニングとMROCは相互補完関係にある。


 昨年のESOMARのオンライン会議のBest Paperに選ばれたベルギーのInsites ConsultingのSynergizing natural and research communities Towards a perfect synergy between listening into conversations on natural, and on research communitiesは、Facebookのようなオープンでナチュラルなより規模の大きいオンラインコミュニティと、MROCとの相乗効果によるインサイトの創出を提唱している。また、MROCで発見されたインサイトが一般化できるかどうかを探る上で、他のSMのリスニングによる検証も必要である。


 さらにソーシャルリスニングやMROCは、既存の伝統的調査方法を否定するものではない。それらは、調査課題解決あるいはインサイト創出において、サーベイやグルインなどの既存の伝統的な調査と、相互補完的な存在である。


 これからの調査では、複雑な課題に有効に対応するために、例えば既存のグルインに、ソーシャルリスニングの分析を付加したり、MROCとソーシャルリスニングを組み合わせたりなどの複合調査(ハイブリッド調査)の重要性が指摘されている。SMRの第1人者であるConversition Strategiesの ペティ氏(Annie Pettit)は、USの有名なMR季刊誌であるQuirk’s Marketing Research ReviewがSocial Media Researchを特集した8月号の中で、ソーシャルリスニングが、サーベイにおける調査票の作成―例えば有効な選択肢を特定するなど、伝統的調査方法を補充するためのSMRの積極的な活用を推奨している。また最近では、WPPのMillward Brownと、Kantar Media Cymfonyが共同で、継続的に実施されているブランドトラッキング調査に、ソーシャルリスニングからえたインサイトを活用する方法のサービスの開始を発表している。顧客ロイヤルティ調査にリスニングによる顧客経験の統合課題も同様である。


 今後ますますこのようなリスニングと、従来の方法の統合が進化することが期待されている。これは本稿では説明できなかったけれども、リスニング・リサーチ登場のもう1つの背景であるMRのビジネス上における有効性の低下、とりわけサーベイに対する疑問を改善する上においても有効な方法である。リスニングリサーチを通して、もっと消費者の声を聞き、生活者の声をマーケティング戦略の中心に置くことによって、リサーチがビジネス成長に貢献することが強く期待されている。
 
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