2014年5月9日金曜日

#119 「本質直観」その3: リサーチと本質直観


<第119回> 2014年5月

◆ 前回、ご紹介した水越康介首都大学東京大学院ビジネススクール准教授の『普通の人が、平凡な環境で、人と違う結果をだす「本質直観」のすすめ』(2014年、東洋経済新報社)は、リサーチャーMUST-READの書です。

水越氏も「本質直観を理解すれば、マーケティング・リサーチがどのような役割を果たせばよいのか、いままでとは180度異なる見方ができるようになるでしょう」と、本質直観のリサーチへの有用性を語っています。

今回のブログでは、「本質直観」の活用によって、ビジネスにおける「マーケティング・リサーチ」の有用性が、さらにパワーアップする点について考えたいと思います。

◆ 水越氏は、著書の中で、 

・ 「ビジネスのアイディアを確信するにあたって、マーケティング・リサーチを必要としない経営者は多いように感じます。優れた経営者であればあるほど、その傾向は強いかもしれません」(15頁)と述べ、ソニーの盛田昭夫氏やアップルのスティーブ・ジョブのリサーチ無用論を挙げています。

「ジョブズは、顧客はそもそも答えを知らない。だから自分たちの確信のもとでつくった方がいいのだ」(17頁)

・ 日本の最近の例では、マクドナルドの原田泳幸氏の「リサーチデータにもとづいて経営戦略を立ててはいけない」や、「顧客はマーケティングリサーチで本音を言わない」などのリサーチ否定論の指摘を思い出します (注1)
http://www.keiomcc.net/terakoya/2012/09/sekigaku115.html

・ さらに、水越氏は、「端的に言って、多くのマーケティング・リサーチは信用に足りません」(3頁)と主張しています。そして、

「多くのマーケティング・リサーチは、手法そのもののというよりは、その手法が不可避に前提とする考え方の面で、大きな問題を抱えているからです。これをなんとかしないかぎり、どんなに手法を洗練させても結果は変わりません」(22頁)。さらに、

問題の根幹は顧客が大事だという顧客志向の理解がまずい点にあります。まずい理解のまま『顧客志向』を行動に移したとき、つまり顧客へのマーケティング・リサーチを行い、その結果を何かしらの「事実」として経営の意思決定に役立てようと考えたとき、悲劇が起こるのです」(22-23頁)

・ しかし、水越氏は、リサーチの価値を否定されているわけではありません。続けて、

「けれどもそれは、使い方が決定的に間違っていたためであり、マーケティング・リサーチが不用ということではないのです」(3頁)。

また、リサーチの使い方について以下のように説明しています。

 「マーケティング・リサーチを通じて得られた情報は、自らの確信を自らが問い直し、鍛え上げるための材料です」(28頁)とし、
「本質直観」によって、リサーチの新たな有用性が見えてくるべています (注2)

● 前回のブログで見たように、水越氏は、ビジネス・インサイトを得るには、本質直観の理解が不可欠であると提案されています。

しかし、この本質直観は、単に「自分で考えることの重要性」(22頁)を強調しているだけではありません。それ以上のものを意味しています。

つまり、「自分の確信から始め」(24頁)、「相手が答えを持っているとは考えないことが重要」(48頁)であり、自分の確信の根拠(理由)を自分自身に問い直してゆく作業です。

● ところで、リサーチは、科学(サイエンス)です。

対象事象を従属変数(Y)と独立変数群(X)に分解し、記述(description)、説明(explanation)し、因果関係を明らかにすることによって、現象を「予測」(prediction)する必要があります。つまり、「理論」化の作業です。この際、仮説検証が重要な作業になります。

・ しかし、リサーチは、あくまでも「過去に起こった現象」のリサーチ=「過去のリサーチ」です。

過去(の購買行動)から未来(の購買行動)を予測しようと、さまざまな解析技術を駆使しますが、それには限界があります。

・ 将来の消費行動を予測する上で、過去に生起した現象の方程式に、「インサイト」が加味されれば、その予測力はアップされると考えられます。

言い換えれば、既知の購買促進要因だけから将来の販売量を予測するよりも、インサイト調査から発見された新たな販売促進アイディアを加えた予測の方が精度は上がるでしょう。

つまり、将来の行動を予測する「未来のリサーチ」には、本質直観から生まれたインサイトが重要な役割を果たすと推測されます。

・ さらに、本質直観の考え方によって、リスク低減や最適化のための従来の検証型リサーチと、インサイト・リサーチが統合されることにもなります (注3)

● マーケターを評して、ときどき「ドテ勘」(ヤマ勘)タイプと、「データ・ドリブン」 (data driven)タイプという言葉を使うことがあります。

前者は、調査結果をあまり重視せず、その人の経験からくる直観に基づいて意思決定するタイプのマーケターです。

逆に、後者は、調査結果=データを根拠に意思決定・アクションをするタイプです。

・ 調査を実施し「数字で語る」リサーチャーにとって、クライアントのマーケターの方が、調査結果を軽視するような時には、もっとデータドリブン、つまりもっとデータに基づいて判断をしてほしいと思う時があります。

特に、多変量解析などを用いた調査結果に対して、自分のわからないことに対しての拒否反応や思考停止から否定的に評価される時などです。

「調査のやり方や調査対象者に問題があるのではないか」とか、「あくまでも調査結果は調査結果として参考に」などと言われる場合があります。

・ しかし、ドテ勘タイプは、否定的意味合いで使われることが多いように思われますが、本質直観の観点からは、あながち否定的でないかもしれません。

水越氏も指摘されているように、

「少なくとも優れたマーケターの多くは、データはそれ自体では何も語らず、自分で考えることが大事だと思っているはずです」(126頁)

もし、そのドテ勘が、本質直観によって生まれたものであれば、それは無視できないかもしれません。

・ 一方、よく肯定的に取られがちなデータドリブンの考え方も、本質直観からすると、注意が必要かもしれません。

水越氏も、「本質直観は、ビッグデータや統計分析がもてはやされ、データ市場主義的にさえ感じられる、昨今のビジネスの現場を見つめ直す試みでもあります」(2頁)や、

「肝心要のアイディアを生み出したい、新たなビジネス。モデルを創造したい、顧客のニ-ズをとらえたいというときには、ビッグデータも統計も直接的に役立ちはしない、そう思うのです」(240頁)、

「自分自身がしっかりとものごとを考える。データに振り回されず、かつ自己満足で終わりもしない。そうして生産的なアイデアを作ってゆくための具体的な方法が、本質直観なのです」(2-3頁)と、数字やデータの過信を戒めています。

上で引用した優れた経営者のリサーチ不用論も、現場のマーケターのリサーチやデータの過信を抑止する側面もあるかと思います。

・ 要するに、経験や勘と、データとの両者のバランス感覚が、マーケターにとって肝要であると言えるでしょう。

● 上で述べたように、リサーチが、本質直観の「材料」であるならば、リサーチは、本質直観を行うマーケターに、よい「材料」を提供する必要があるかと思います。

そのヒントのいくつかを水越氏は提供しています。

・ 例えば、「データよりずっと重要なのは、何かに驚き、気づき、何かを確信できる自分の存在です」(241頁)、

「この驚きこそが私たちが求める新しいリサーチの目的だし、さらには本質直観を始める契機なのです」(103頁)

すなわち、リサーチも、マーケターに「驚きや感動を与える調査」や「マーケターの脳に刺激を与える調査」を実行する必要があります。

「アッハー(Aha)」と思ったり、「なるほど」、「あっ」、「そう言えば」など目から鱗や共感など、これからは、事前に調査票が構造化された想定内の調査ではなく、驚きや気づきを与えてくれる「想定外の調査」が重要になるかと思います。

● さらに、「マーケティング・リサーチでなにより重要なのは、マネジャーレベルでの目的であり、仮説です。その確たる目的や仮説の創造性や独創性ことが差別化の源泉なのであり、マーケティング・リサーチはその目的や仮説の正しさを同質的に、すなわち客観的に判定する手段として価値をもつと言えます」(179頁)と、

調査立案における確たる目的や独創的な仮説の重要性を指摘しています。

氏も引用されている内田和成氏の「仮説思考」にも、「よい仮説は、経験に裏打ちされた直感から生まれる」(196頁)とあり、So What?を常に考えることの重要性が述べられています。
 

◆ 現在のマーケティング・リサーチに最も求められていることは、

実態を正確に測定したり、リスク低減や最適化のためのより有効な検証テストを開発することではなく、

ビジネスに役立つ=売上やシェア・アップにつながる革新的なアイディアを生み出すインサイト創出型のリサーチの開発・実施です。

以上見てきたように、「本質直観」思考は、この現在のリサーチ・ニーズに、非常に合致した考え方だと言えるでしょう (注4)


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(注1)
原田氏のリサーチ論:
「原田氏の言う「リサーチデータ」とは、基本的に「お客様の声を聴く」ということですが、お客様の声はあくまで過去の経験に基づくものです。今後の新たな機会を生み出すことにはそれほど役には立ちません。今後の機会は、新たに創造するものだからです。そこで、原田氏は、部下たちには「自分の信じる商品をつくるように」と話しています。そして、リサーチデータは、実際につくったものがどの程度受け入れられているかを「自己検証」するために集めるものだそうです。原田氏は、新たに創造するものはお客様の期待値、これまでの経験を超えるべきだと強調します。すなわち、お客様を感動させるくらいの商品を生み出すべきであり、そのためには、論理的、IQ的に考えるだけでなく、情緒的、EQ的な発想が必要なのだそうです。」原田泳幸

「リサーチは結果的に企業の質を検証するためにあればいい」
http://systemincome.com/main/kakugen/tag/%E5%8E%9F%E7%94%B0%E6%B3%B3%E5%B9%B8
「『事業企画は絶対にリサーチで立てるな』『お客さまにリサーチして商品企画を計画しても絶対に失敗する。自分が信じるものをお客さまに提案しろ』」
http://www.recruit-ex.co.jp/roadtoceo/vol22.html

(注2)
● リサーチは、マーケターの本質直観作業に対する材料の提供の役割を果たすとはいえ、リサ-チャー自らも本質直観を実践すべきであることは言うまでもないと思います。

材料提供のサプライヤーに徹する、悪く言えばその作業を放棄することは、リサーチャー自らの自滅行為かと考えます。
 

(注3)
● 個人的には、リサーチは、「頭の体操」(思考力トレーニング)の材料(刺激)の提供だと考えています。

調査の方法が、絶対に正しいとは確信がもてません。データの品質についても同様です。自分の目ですべてのデータ収集を確かめることは不可能です。

また絶対に正しい結果であっても、それがビジネス上での成功を保証するものでもありません。

・ 例えば、調査の結果において、製品Aが製品Bよりも、統計的に有意差(1%の有意水準)をもって、より優れていたとしても、製品Aの市場導入が、売上やシェアの増加を保証するものではありません。

ご存じのように、マーケティングでは、製品以外にも、営業や広告、販促など、その他のさまざまな要因が、足し算でなく、掛け算として、売上結果に影響を与えることになるからです。

・ 調査の仕事を1年もすれば、そのことに気づくかと思います。

調査はあくまでも「手段」であり、「目的」ではありません

事業会社のリサーチャーですらそのように感じますので、クライアント企業の意思決定からさらに遠いところで、リサーチにかかわる調査会社のリサーチャーの(意思決定に与える影響力に対する)「無力感」は、さらに大きなものになります。

水越氏曰く、

「なかでもいちばん不幸なのは、マーケティング・リサーチやリサーチャーたちかもしれません。彼らは、本当にまじめにデータを洗い出し、分析を試みているはずです。顧客の本心なるものを抽出する苦労をいちばんわかっているのは、その作業を実際に行う人々でしょう。そこで得られたデータが根本的なところで信じられていないにもかかわらず、言い訳のために利用され、現実をドライブさせてしまっている。そして結果として、失敗している、これは悲劇でしょう」(リサーチなんて誰も信じていない?21頁)

・ 調査を行う上で、プロのリサーチャーとして、「科学としての調査の妥当性や信頼性」を確保する必要はありますが、所詮ビジネスは「勝てば官軍」ですので、調査結果に固執することには大きな意味はないと感じます。

・ 個人的では、「本質直観は、頭の体操の1つの有効な方法論を提供してくれるもの」と理解しています。


(注4)
● ビジネスの世界ではあまり聞かれない「論理実証主義」の言葉を久しぶりにきいた感じです。大学の2年の時にアルフレッド・エイヤーThe Foundations of Empirical Knowledgeの本を使った英書購読の授業に出席したのを思い出しました。当時はまだ翻訳がなかったので苦労して読んだ記憶があります。

● 社会・人間現象に自然科学的な考え方を応用した「行動科学」(Behavioural science)、特に「心理学」の面からリサーチの世界に入ったリサーチャーである私には、正直少し違和感を感じた部分もありました。

例えば、

無意識や潜在ニーズなどの目に見えないものに対する測定への疑問の提示です。

心理学が扱う態度や意識、パーソナリテイ、動機などの多くは、目に見えないとか手でさわることができない、いわゆるアン・タンジブルなものです。心理学では、それらに対して、「構成概念」(construct)、すなわち「行動を観察する事から、構成された抽象概念」の考え方を用い対応しています。


・ また本質直観作業でマーケターの脳の中に構築されるものは、心理学で考える「認知構造」 (cognitive structure/map)に該当するかと思います。 本質直観作業によって、さらにその構造が精緻化されることになると考えられます。
 

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