《第44回》
今週のTOPICS
◆こんな「調査部」ならいらない?
・本題に入る前に先週の「インサイト」の続きです。
「インサイトについて議論をする上で、お互い使用する用語の定義が同じでないと、議論も噛み合わない」というTwitter上でのご指摘はごもっともです。「インサイト」の定義がわかりづらいとか、発言する人によってさまざまだという意見がありました。
JMRAのカンファレンスで、P&G Japan桐山社長が「インサイト」を定義されたので、これで共通理解ができたのではないでしょうか。
1)データでは見えてこない真実
2)心の奥深くに存在する自覚のない感情やニーズ、
3)ビジネスを成長させる可能性を秘めるもの
1)は、これまで多くの人が感じていたデータ以上のものだということに合致します。
2)はよく定性の人が使っているものです。定量調査よりも定性の方がインサイトを発見しやすいと言われる理由でもあります。
3)の要素は、ビジネスに与えるインパクトの視点からの定義です。つまりビジネス結果です。
1)も2)も結果的にビジネスに貢献するものです。
参考:USのMarketing Research Association (MRA)が述べているConsumer Insightの8つのチェックポイントも参照。
Leveraging Consumer Insights
・私の定義は、前回述べたように、「マーケティング活動(製品開発と販促)の成功ドライバー、つまり有効な製品開発や販促施策といったマーティング・アクションのアイディア」です。
感情やニーズに限定しないで、売上アップにつながるものを含むより広い定義です。それを調査から発見しようというわけです。
つまり、「売上アップにつながる新製品開発や販促施策立案に直接役立つアイディア」です。
「インサイト」で、マーケティング活動が完結するわけではありません。「インサイト」を具体的な新製品や有効な施策に落として初めて、ビジネスの成長に貢献します。
その意味で、具体的アクションにつなげやすいインサイトという意味で「アクショナブル・インサイト」という言葉がよく使われます。
・上の定義によると、インサイトは特にグルインや詳細面接、投影法などの特殊な心理学的方法といった定性調査でないと発見できないものではないと思います。
定量調査でも、POSデータの分析でも、買い物のバスケット分析でも、消費者調査でも、場合によっては、調査なしでも、インサイトの発見は可能だと思います。
この意味で、企業に所属する全員がインサイトの創出を行うことが理想の企業の姿だと言えます。
・調査がビジネスに貢献する、より有効なものになる点で、「インサイト」の用語が象徴的に共通言語として、マネジメントやマーケター、リサーチャー間で使われれることは、非常に好ましいことです。
アメリカよりも10年近く遅れましたが、もっと普及することを期待します。
So What?というように、クライアントの責任者が、調査報告が終了した後、リサーチャーに対して、「それでインサイトは何?」(Where is the INSIGHTS?) と、問いかける場面が増えればと思います。
・ところで、
先日IT系の消費者インサイトを提供している会社で以前勤務していた方と会った時、次のような話を聞きました。
ある消費者の生の声を提供する「企画書」をある企業のマーケティング部に持って行ったところ、「消費者調査」関連なので、一応「調査部」を通さなければいけないというので、次回のミーティングで同席して提案をすることになったそうです。
マーケティング部の方は、その企画がコミュニティを作って継続的に消費者の生の声を聞き、そこからインサイトをえるというものなので、新製品アイディアや販促アイディアを得る上で有効と、非常に乗り気だったそうです。
・ところが、次のミーティングで同席した調査部の方の反応は、
「これは調査とは呼べない」と一蹴したとのこと。
それは「代表性のある消費者の意見ではない」という理由からでした。
「調査部」こそが、調査の専門的トレーニングを受けて、無作為確率標本理論と統計的分析の知識をもって、「正確な調査」を行う部署だという主張です。
正しくない間違った調査結果に基づいて「意思決定」を行ったら、お金と時間のムダになるという議論です。
調査は「誰に」「何を」聞くということが重要です。だから、正しい対象者の選び方と、調査票の正しい作り方を知っているリサーチャーにまかせなさいということです。つまり、「餅は餅屋に」ということです。
以上はある意味、非常に正しい主張です。
・ところが、「ビジネス」はそう単純ではありません。
1つには、「勝てば官軍」的な要素があります。
つまり、間違った調査結果で「意思決定」した結果、売上が上がれば、結果オーライです。
逆にいくら正しい結果に基づいて、アクションを起こしたとしても、売れ行きが悪いと、ビジネス貢献していることにはなりません。
理想は、「正しい結果で、売上アップ」でしょうが、複雑な世の中、人間心理の複雑さゆえにそう話は簡単ではありません。
・もう1つは、調査の基盤である「代表性」の確保が難しくなってきていることです。現在、調査における「代表性」の意味が問われています。
この原因の1つが、厳密にはランダムサンプルによらない「インターネット調査」の普及です。
さらに、最近ではその参加率や回収率の低下があります。ますます代表性の確保が困難な状況になってきています。
「標本誤差」に加えて、調査の質の低下による「測定誤差」も大きくなれば、確率標本に基づく「統計的検定」の精度も疑問視されてきます。
・また、たとえ代表性が確保できて、その結果に基づいてアクションを行っても、そのマーケティング活動が成功するとは限らなくなってきています。実態を正確にとらえる上で、代表性は重要ですが、その平均値で作られた消費者像が必ずしも有効なインサイトの発見につながらないことが多くなってきています。
市場では、発言力の強い人の意見が、他者に影響することによって、多数意見を形成する場合もあります。またイノベータなどの意見の方が市場を予測する上で有効な場合もあります。
・これまでのMRの大きな役割が、「リスク低減」(失敗しないために、間違っているものを排除する)という「受身的」役割でした。
これは、時には、「ポテンシャル低減」(正しいものを排除する誤りを犯す)を犯す可能性もあります。
調査部は、よく保守的とよく言われています。リスク管理をする上で、慎重なのは評価されます。
しかし、保守的とは別に、新しいことを学んで、積極的に取り入れる姿勢も重要です。
社会も変わり、市場も変わり、消費者も変わり、しかもそれらが急速に変化している時代に、50年も前に確立された方法に固執する必要はないでしょう。
常に、「調査のプロ」として、「革新」が求められています。
果敢に新しいチャレンジに挑んでほしいと思います。
ちなみに、上の例では、企画書に「調査」の文字をとって、「インタビュー」に形式的に名称を置き換えて、調査部はその企画の実施を了承したそうです。あくまでも調査ではないという位置づけにしたかったようです。インタビューも調査の1つですが。。。
消費者インサイトをえる新たなチャンスを拒絶する調査部をマネジメントの人はどう思っているでしょうか?
参考: USの40社の819人のエクゼクティブに対して2009年に行った
ボストン・コンサルティング・グループの調査は、エクゼクティブの中の35%の人しか、自社の調査部が業界でベスト水準(Best in Class)の調査機能であると思っていないと報告しています。調査部が他社に対する競争的優位の源泉になっていないと思っています。日本の場合はどうでしょうか?調査部がマネジメントに対して、積極的にビジネスの成長提言を行うビジネス・ストラテジスト的ポジションを築いているでしょうか?USでも多くの企業の調査部は、マーケティング部からの製品や広告コピーの勝ち負けを判断する製品テストや広告テストなどのリクエストに応じる御用聞き(Order taker)業務に追われているとレポートは報告しています。
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今週のHOSMR
・Ray Poynter, ’The Handbook of Online and Social Media Research: Tools and Techniques for Market Researchers’の内容紹介メモ(著作権の侵害をしないように、独断と偏見によるポイントの要約)の第12回目です。
第20章(最終章)オンラインとソーシャル・メディア・リサーチの概観
1.オンライン定量調査
・オンライン定量調査による変化
①インタビュー(面接調査や電話調査)から自記式に、②フレッシュ・サンプルからアクセス・パネル、③インハウスから外部のインターネット調査会社へ
1.1 調査員の消滅:プラス①コスト減、②より正直な回答(調査員を気にしない)
マイナス①自記式回答の問題点(対象者が本当に質問を理解して回答しているかどうかや対象者のモチベーション状況などわからない)、②調査票の問題点
1.2 アクセス・パネルへの移行(ランダムサンプルからコンビニエンスサンプルへ):プラス①低コスト、②スピード
1.3 調査のアウトソース:サンプルやWEBサーベイシステム、調査スクリプト
1.4 MRの性質の変化
①ランダムサンプルからノンランダムサンプルへ、②リサーチャーが調査をコントロールできなくなった(ITに依存あるいはアウトソース)、③プロジェクト期間の短縮=分析や思考時間の短縮
2.オンライン定性調査
・OLFGやBBFGが開発されたけれども、定性調査ビジネスには大きな影響を与えなかったー定性リサーチャーの問題(ITへの拒否)
・同時性と非同時性
・オンライン・グルイン:非言語的表現の問題(しかしオンラインとオフラインでは結果はあまり違わないという結果)
3.ソーシャル・メディアとMR
3.1 MROC:議論をインサイトに変換する上で、タイムリーでコスト減にする課題
3.2 コミュニティ化したインハウスパネル:定量調査
3.3 参加型ブログ:参加者がリサーチャーに。ビデオや携帯の利用。エスノ的利用
3.4 ブログやバズ・マイニング:2つの課題①多くのブランドやサービスが会話されない、②分析ツールの未発展問題
・倫理問題
3.5 eエスノ:①観察手法、②相互アプローチ(観察と質問)、③WEリサーチ
3.6 ソーシャル・ネットワークと今後
・Facebook
・SNSの利用①バズマイニングのソース、②eエスノの場所、③参加者の供給源、④調査のサンプルソース、⑤調査目的のソーシャルネットワークの構築
4.リサーチ課題へのオンライン・ソーシャル・メディアの適用
・①エスノグラフィック・アプローチ、②共創アプローチ、③アイディエーションとカスタマー・フィードバック
5.NewMR
・ソーシャル・メディア手法、協働的
・無作為確率標本に基づかない新たなリサーチ・パラダイムの探求
6.今後の展開のフォロー
7.品質と倫理問題
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週刊リサーチ・ブロゴスフィア
Weekly Research Blogosphere
*1週間の世界中のリサーチ関連の主なブログ・テーマを簡便に
レビューすることができる「週刊リサーチ・ブロゴスフィア」です。
興味をもたれたブログの詳細は、リンク参照。
⇒は投稿に対する個人的コメントです。
◆先週(11月27日-12月3日)分の世界のリサーチ・ブロゴスフィア
今回は、23ブログの32投稿をレビュー
《海外編》
1.Jeffrey Henning 's Vovici
1.
Job Satisfaction when Unemployment is High: Thankful for the Work (11/29)
・失業率と仕事満足度の関係:失業率が上がれば仕事満足度が上昇?
2.
Voice of the Customer Trends in 2011 (12/1)
・Vocie of the Customer researchの7つのトレンド
3.
Lost-Customer Research -- 50 Ways to Love Your Leaver (12/2)
・顧客を失うことは残念なこと、しかしその原因を学ぼうとしないことはさらに悲しいこと。そこで、顧客ロスのリサーチの方法の紹介。
4.
Panel Engagement: Getting High Response Rates from Panelists (12/3)
・パネル・メンバーの関与度を維持する方法
2.Joel Rubinson on Marketing Research
5.
How to create brand led shopping (11/29)
・ブランドへの興味が購買を引き起こす買い物例。
3.Rearch Rockstar
お休み
4.Tom H. C. Anderson - Next Gen Market Research
6.
World’s Top Market Research Publication - Goes Social (12/3)
・
MyQuirksの紹介
5.The Future Place Blog
7.
Recordings of my Cluster and Factor Analysis Webinars (11/27)
・Webinarの紹介。
8.
Why I'll be in Malta in April for the Merlien Conference (11/29)
・来年4月に行われる定性会議でのセミナー紹介。
9.
Don’t miss the NewMR boat! (11/30)
・来週から始まる
Festival of NewMRの紹介。
6.Random Sampling
お休み
7.Straight Talk with Nigel Hollis
10.
Emotions rule until our frame of reference fails (12/1)
・意思決定における合理的と情緒的要因:新しいことについての決定には合理的要因が強く影響
11.
Ideas spread virally when… (12/3)
・Seth Godinの「人々が他の人のアイディアを拡散させる20の理由」考
8.LoveStats
お休み
9.The Surrvey Geek
12.
Ode to the New MR (11/28)
・
Festival of NewMRに関連して。
10.Insites Blog
13.
Clash of the Titans – Online vs In-Person Qualitative Research (11/30)
・
BAQMaRが12月7日に行うオンライン定性リサーチの議論について。
14.
ESOMAR Innovate 2010 (11/30)
・
ESOMAR Innovate 2010の報告。
15.
The Conversation Manager wins PIM Literature Award 2010 (12/1)
・
Steven Van Belleghem, Managing Partner of InSites Consultingの著書The Conversation Managerが annual Literature awardを受賞した報告。
16.
The Naked Brand (12/2)
・ロンドンで開かれた
The Naked Brand会議について。
17.The Joneses @ Stichting Marketing Conference
http://blog.insites.be/?p=2556 (12/3)
・ベルギーのゲントで開かれる
Stichting Marketing会議について。
11.The Researcher's Perspective
18.
Breaking Up Your Routine (12/1)
・マンネリ打破の方法について。
12.Future of Insight
・MRにゲームの利用ーシミュレーションによる行動の理解。SimはSimulation。
13.Voices of CMB
20.
Positive Word of Mouth has a Bigger Impact Than Negative(12/3)
・ポジティブなWOMは、購買行動によい影響を与える。
14.The Forrester Blog
21.
The Death Of Market Research (12/1)
・
data is a commodity, insights are power
リサーチャーから、ビジネス・ストラテジストへ
22.
The Data Digest: What Are People Using Their PC For While Watching TV? (12/3)
・テレビを見ながらPCで何をしているか:テレビの番組と関係のないことをしているー約3分の1の人がゲーム
《国内編》
15.MARKETING RE-SEARCH BLOG
23.
2010年度JMRAカンファレンス 1日目ツイートまとめ(牛堂さん編) (12/1)
24.
2010年度JMRAカンファレンス 2日目ツイートまとめ(牛堂さん編) (12/2)
⇒JMRAカンファレンスのまとめ。
こうしてまとめられると価値がありますね。まとめ作業に感謝。そしてツイートされた牛堂さんにも感謝です。
JMRAのまとめ。
16.Marketing Research Watch
お休み。
17.マーケティング・リサーチの寺子屋
25.
『イシューからはじめよ』 (12/1)
・「
安宅和人「
イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」の紹介
リサーチャーは必読の書だと思います」
18.tanoue40's Blog
お休み。
19.アウラなブログ
26.
「食える数学」神永正博 (12/1)
20.きまぐれ リサーチャーどうでしょう
27.
リサーチャーの職業的矜持 (12/2)
・「・マーケティング調査という仕事の中身までが軽薄化しつつある。
リサーチャーの職業的矜持(きょうじ、きんじ:自分の能力を優れたものとして誇る気持ち。自負。プライド)がなくなりつつある」
21.いまんとこの最適解
28.
ネットで成功しているのは〈やめない人たち〉である(11/28)
・「やめないことは『ログ』を蓄積する」
29.
新しいデータを学ぶこと (11/30)
・「データアナリストにとって、新しい分析手法を学んだり、研究したり、実践することは大事なことだと思います。その一方で、僕個人としてはデータの背景や性質を把握することが、より重要に思えてなりません。」
・「基本的にデータソースが変わっても適用する統計モデルは大きな変化がないことは多いです。
ですが、モデルや変数の意味のもたせ方など微調整の部分には、当該データのマーケティングインプリケーションの理解が非常に大きく影響します。
データに棲み込む。
これがデータアナリストにとっての肝なのだと、最近になってつくづく感じます。」
・「データアナリストにとって、多様なデータに触れることは『武器』となりうるのではないか、と思うのです。
新しいデータについて学ぶモチベーションはそんな化学反応の瞬間を期待しているからかもしれません。」
30.
データアナリストとリサーチャー(12/3)
・「リサーチャーというと、『調査のプロ』というイメージです。」
・「データアナリストは『データ分析のプロ』というイメージ。」
・「リサーチャーにせよ、データアナリストであるにせよ、変わらず重要なのは「企画」の部分を実行する力だと思います。
調査・分析結果を提供する相手にとって意味のある、仮説-検証プロセスを構築できるか。」
⇒「課題解決力」と言い換えることができるかと。
いくらすぐれた「分析力」をもっていても、データ収集が「課題解決」に合致していなければ、その分析による解の発見は難しいでしょう。それゆえに、課題発見、課題設定、それが具体的に示された「仮説」設定は非常に重要です。
また、ある分析手法を適用する場合、必須の調査項目があることがあります。この意味でも、リサーチャーはある程度の分析手法にも精通しておく必要があります。
また企画段階から「データアナリスト」に打ち合わせのミーティングに参加してもらうことも大切です。
調査が終わった後から、リサーチャーが企画がよくない調査のデータ分析を依頼をしてきたときの「データアナリスト」の困惑した顔が浮かびます。(よくあること)
22.みんなのMR.COM
31.
インサイトからマーケティング施策へ (11/26)
23.Digital Consumer Planner's Blog
32.
ブランド・リスニング(傾聴)事例の紹介 (5) 既存製品の改善 (11/26)
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《このBlogは毎週金曜日に更新されます。金曜日がお休みの時は土曜日です。また臨時に更新されることがあります》